江戸時代、武家の頂点に立つ徳川将軍は、全国数多の大名と関係を確認し、その大名家を統率していくために、「参勤交代」という制度をつくりました。
大名は、妻子を江戸に置き、定期的に江戸と国元(領地)を行き来する生活を送りました。大名の移動は、多くの家来を伴い、武具や生活用具などを持ち運ぶ大行列になりました。家来たちも、宿泊場所や交通手段の手配に奔走しました。
本展では、参勤交代のきまりを記した古文書、江戸藩邸を描いた地図や絵画、藩士の道中日記を展示して、久留米藩の参勤交代を紹介します。
本展は、久留米藩の参勤交代を分かりやすく紹介するため、5つのコーナーで構成しています。「1.参勤交代とは」では、幕府の武家諸法度や久留米藩の法令などから、参勤交代という制度について解説します。「2.久留米から江戸へ」「3.江戸の住まい」「4.行列と道具」では、久留米藩主の一行が、久留米から江戸まで向かう道中の様子や、江戸に到着してからの生活について、絵画や地図、携行品などから紐解きます。そして「5.藩士の道中日記」では、藩主の供をして江戸と久留米とを行き来した藩士たちの日記を読み解き、江戸時代の武士の旅に迫ります。
江戸時代を通して、大井川には橋が架けられなっかたため、人々は肩車や台、馬に乗って川を渡りました。水かさが人の脇の高さを越えると「川留」といって、通行禁止になりました。川の水が引くまで、何日間も待たされることがあり、「箱根八里は馬でも越すが、越すに越せれぬ大井川」と言われました。
久留米藩の江戸上屋敷は、三田(東京都港区)にありました。将軍の菩提寺である増上寺にほど近く、その火の番を命ぜられたため、屋敷の中に火の見櫓(画面左上)が建てられています。また、文政元年(1818)には、久留米から水天宮が分祀され、賑やかに幟が立ち(画面中央)、多くの参拝者を集めました。
久留米藩士石橋銈太郎(けいたろう)の道中日記です。石橋は、安政3年(1856)に11代藩主有馬頼咸(よりしげ)に従って、初めて参勤交代の供をしました。江戸に到着した日の筆は力強く「千秋万歳、目出度可悦」(せんじゅうばんざい めでたくよろこぶべし)と書いています。
※掲載資料は全て久留米市教育委員会所蔵
開催期間 | 有馬記念館リニューアル5周年記念 企画展第③弾「久留米藩の参勤交代」 ・会期:平成27年11月28日(土)~平成28年1月25日(月) ・休館日:毎週火曜日(祝祭日と重なる場合は翌日) ただし、年末年始12月28日(月)~1月1日(金・祝)は休館。平成28年 1月2日~1月4日は特別開館。 |
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開館時間 | 10:00~17:00(入館は16:30まで) |
入館料 | ・一般…200円(150円) ・小・中学生…100円(50円) ・小学生未満…無料 ・( )内の50円引きの料金は、15名以上の団体料金です。なお、小学生未 満の児童や、土曜日の高校生以下の方など、無料で入場されるお客様は団体 の人数には含まれませんので、ご注意ください。 ・毎週土曜日は、高校生以下の方は無料となっております。生徒手帳等、身 分を証明できるものを提示してください。 ・障害者とその介助者1名は無料となります。ご来館の際は障害者手帳等を 提示してください。 |