大名家臣の家には、その家筋や来歴を示す系譜、主君から与えられた文書、職務の記録など、多様な古文書が伝来しています。
家臣としての立場や職務、それぞれの家のあゆみによって、何を残し、何が残されなかったのか、古文書の伝来の仕方もさまざまです。
本展では、大名有馬家の家臣たちについて、古文書とともに、それぞれの家を紹介します。
承応4年(1655)正月6日付けで、久留米藩主有馬家2代忠頼が、家臣渡瀬将監に対し、知行1千石を安堵する文書。
主君である大名が、家臣に対して、知行を安堵する文書を発給することは、主従関係を確認する重要な行為でもあった。また、知行の石高は、家臣の収入のみならず、家格に関わるものであった。
明治42年(1909)、洋画家・坂本繁二郎は、家の建物・土地を、同じく有馬家の家臣であった山田家に売却した。現在の坂本繁二郎生家である。
この「覚」は、坂本家が引っ越した後も、家屋の中にそのまま残されていた。繁二郎から3代前にあたる孫右衛門の名が見える。紙の再利用のため、文面を抹消線で反故にしている。
元日から大晦日まで、年中行事について、久保家での献立や飾りの内容を書きまとめたもの。元日の夕飯に出された鰹と大根の汁が1月6日まで続いている。5月5日には粽(ちまき)、7月14日の昼には西瓜、8月15日には団子や酒で月見というように、残された古文書から、大名家臣の暮らしぶりが分かる。
幕末の衣笠家当主・久兵衛による養子願の案文。文面によれば、この時、久兵衛は50歳、跡継ぎになる男子がいないため、17歳の早崎貞次郎を養子に迎えたいという。
大名の家臣は、元服や縁組など、家の相続に関わる事柄については、主君の許可を得なければならなかった。
幕末維新期、応変隊の総督を務めた水野正剛が、妻・梅尾に宛てたもの。家族を案じつつ、資金不足の苦労を「銭なし」と図を交えて伝える。
系譜や職務に関する記録、所有品の目録、家族間の書状など、水野家伝来の古文書の内容は、公私にわたり多様である。
平成28年度、当館は「久留米藩家老有馬織部関係文書」全29通の寄贈を受けた。当史料群の中心は、有馬織部(1781~1851)が他の家老に宛てた廻状で、宛名の当人が織部の文面に同意した旨や、自分の意見などを記している。本展では、その一部を紹介する。
開催期間 | 平成29年度有馬記念館企画展 「大名有馬家臣団Ⅱー家臣の家と古文書ー」 ・会期:平成29年8月19日(土)~平成29年10月30日(月) ・休館日:毎週火曜日 |
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開館時間 | 10:00~17:00(入館は16:30まで) |
入館料 | ・一般…200円(150円) ・小・中学生…100円(50円) ・小学生未満…無料 ・( )内の50円引きの料金は、15名以上の団体料金です。なお、小学生未 満の児童や、土曜日の高校生以下の方など、無料で入場されるお客様は団体 の人数には含まれませんので、ご注意ください。 ・毎週土曜日は、高校生以下の方は無料となっております。生徒手帳等、身 分を証明できるものを提示してください。 ・身体障碍者手帳、精神障害者保健福祉手帳又は療育手帳の交付を受けている方とその介護者1名は無料となります。ご来館の際は手帳、を提示してください |